2026年8月に開催された麻布十番納涼まつりで発生した、冷やし蟹ラーメンによる大規模な食中毒。
原因食品からサルモネラ属菌が検出され、その後も調査や店舗側の対応について新しい情報が明らかになっています。
その中で注目されたのが、「割烹こめを」で日々の衛生管理について必要な記録を行っていなかったという問題です。
では、なぜ記録していなかったのでしょうか。
店舗代表のこめお氏が取材に応じ、その理由を説明しました。
ポイントになったのは、衛生管理そのものをまったく確認していなかったという話ではなく、こめお氏自身による「目視確認」のみになっていたという点です。
今回は、本人が説明した内容とともに、食品を扱う現場で「確認すること」と「記録として残すこと」がなぜ別なのかを整理します。
麻布十番の食中毒で衛生管理記録の問題が判明
麻布十番納涼まつりでは、「割烹こめを」が提供した冷やし蟹ラーメンを原因食品とする食中毒が発生しました。
その後の調査で原因物質はサルモネラ属菌と判明しています。
さらに、みなと保健所への取材から明らかになったのが、店舗で日々の衛生管理について必要な記録を行っていなかったことです。
飲食店では、HACCPに沿った衛生管理として、衛生管理計画を作成し、それに基づいて実施した内容を記録することが求められています。
ところが「割烹こめを」では、通常営業の段階から、その記録が行われていなかったとされています。
こめお氏「記録が必要という認識はあった」
では、店舗側は記録が必要だと知らなかったのでしょうか。
報道によると、こめお氏は取材に対し、記録を付けなければならないという認識自体はあったと説明しています。
一方で、対応しなければならない事項が増えていく中で、衛生管理記録の優先順位が下がってしまったとしています。
つまり、「記録する必要があることを知らなかった」という説明ではありません。
必要性を認識していたものの、日々の業務の中で実際の記録が行われなくなっていたということになります。
衛生管理は「目視による確認のみ」になっていた
さらに重要なのが、衛生管理をどのように確認していたのかという点です。
こめお氏は自身が現場に立っていたことから、自分の目による確認のみになっていたという趣旨の説明をしています。
ここで考えたいのが、
「見て確認した」ことと「確認した内容を記録として残した」ことは同じではない
ということです。
その日の営業中に冷蔵庫や調理場を確認し、「問題なさそうだ」と判断したとしても、記録がなければ後日その状態を客観的に振り返ることが難しくなります。
なぜ「記録」が必要なの?
衛生管理記録の大きな役割のひとつが、後から確認できるようにすることです。
食品を扱う現場では、毎日さまざまな作業が行われます。
冷蔵・冷凍設備の状態。
従業員の健康状態。
調理器具や設備の洗浄・消毒。
食品の取り扱い。
こうした衛生管理を実施し、その結果を記録しておけば、後になって問題が発生した際に「その日はどうだったのか」を振り返る材料になります。
逆に記録が残っていなければ、「確認したはず」「いつも通りだったと思う」といった記憶に頼らざるを得ない部分が増えてしまいます。
食中毒が起きたとき「過去に戻って確認する」ための記録
普段何事も起きていないと、衛生管理表への記入は単なる作業のように感じられるかもしれません。
しかし、食中毒などの事故が発生すると、その意味が大きく変わります。
「冷蔵設備に異常はなかったか」
「衛生管理上の問題が記録されていなかったか」
「いつから変化が起きていたのか」
記録が残っていれば、事故発生前の状態を振り返る手掛かりになります。
広島大学の中山達哉教授も今回の報道で、事故が起きた際に原因を追跡できることが記録の大きなメリットだと説明しています。
「確認したから大丈夫」では記録の代わりにならない
これは食品衛生の現場で非常に重要なポイントです。
目で見る。
確認する。
問題があれば対応する。
もちろん、これらは衛生管理に必要です。
しかし、それとは別に「いつ、何を確認し、どうだったのか」を記録することで、初めて後から検証できる情報になります。
担当者本人が覚えていたとしても、数日前、数週間前の細かな状態まで正確に思い出せるとは限りません。
さらに複数のスタッフが働く店舗では、「誰が確認したのか」「その結果どうだったのか」を共有する意味でも記録が重要になります。
食品の品質管理でも「見た」と「記録した」は別
私は以前、飲料メーカーの品質管理部門で微生物検査に携わっていました。
食品を扱う現場では、実際に作業をすることだけではなく、その結果を記録として残すことにも意味があります。
たとえば「確認した」という事実が本人の頭の中にだけ残っていても、後から別の人がその日の状態を確認することはできません。
記録として残っていれば、時間が経ったあとでも振り返ることができます。
事故が起きたときだけ突然必要になるものではなく、日々積み重ねておくからこそ、いざというときに意味を持つのが記録です。
保健所「分かればすぐ指導の対象」
みなと保健所の前田光哉所長は、店舗で衛生管理記録を行っていなかったことについて、通常の店舗であれば、保健所が把握した時点ですぐに指導の対象になるという趣旨の説明をしています。
つまり今回の問題は、「書き忘れが少しあった」という程度ではなく、通常営業の段階から記録が行われていなかったことが問題視されています。
記録がなかったこと=食中毒の原因、と断定はできない
ただし、ここは切り分けて考える必要があります。
衛生管理記録がなかったこと自体が、今回のサルモネラ食中毒の直接的な原因だったと確定したわけではありません。
今回の食中毒では、原因食品と原因菌は特定されています。
一方で、サルモネラ属菌が具体的にどの食材や工程から入り、どのように冷やし蟹ラーメンを汚染したのかという詳細な混入経路については、別の問題です。
「記録がなかったからサルモネラが入った」と単純につなげることはできません。
しかし記録が残っていないことで、事故前の衛生管理状況を後から検証するための情報が少なくなるという問題はあります。
こめお氏は「衛生管理に対する意識の甘さ」を認める
こめお氏は今回の取材で、自身の衛生管理に対する意識に甘さがあったという趣旨の説明もしています。
食中毒発生後には、店舗スタッフとともに衛生講習を受講。
店舗内の殺菌・消毒や衛生状態の再検査を行ったことも公表しています。
さらに今後の対策として、従業員への月1回の検便、日々の体調確認、店舗の清掃・消毒、食材管理などを徹底するとしています。
HACCPは「記録を書くこと」だけが目的ではない
HACCPに沿った衛生管理というと、「チェック表を埋めればいい」と思われることもあります。
しかし、本来の目的は紙を完成させることではありません。
自分たちの店舗でどのような衛生上のリスクがあるのかを考え、管理方法を決め、実行し、その結果を確認する。
そして、その一連の衛生管理が実際に行われていたことを振り返れるよう記録する。
記録はその仕組みの一部です。
だからこそ、「自分が見ているから大丈夫」で終わらせず、誰が後から見ても衛生管理の状況を確認できる状態にしておくことが重要になります。
まとめ|「目視していた」と「記録していた」は違う
麻布十番納涼まつりで発生した冷やし蟹ラーメンによる食中毒をめぐり、「割烹こめを」で日々の衛生管理記録が行われていなかったことが明らかになりました。
こめお氏は、記録が必要だという認識自体はあったものの、対応事項が増える中で優先順位が下がり、自身による目視確認だけになっていたという趣旨の説明をしています。
しかし、衛生状態をその場で確認することと、その結果を記録として残すことには、それぞれ異なる意味があります。
特に食中毒などの事故が起きた場合、記録は過去の衛生管理状況を振り返る重要な手掛かりになります。
一方で、今回「記録がなかったこと」そのものがサルモネラ属菌による食中毒の直接的な原因だったと断定することはできません。
今回の事例は、HACCPに沿った衛生管理において、なぜ日々の「記録」が必要なのかを改めて考えるケースとなりました。


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