
tekowaです。
能登地震から1年半、第4部です。
助かった、その後の現実
第1部から第3部でお伝えしてきたように、私たちの家族は「能登半島地震に帰省中に被災した親族」がいたことで、直接の被災地住まいではない私たちも“当事者”となりました。
「無事が確認された」――それはゴールではなく、むしろスタートでした。
その後の暮らし、支援、心の整理……どれも簡単ではありませんでした。
今の能登、そして復興の「温度差」
あれから1年半が経った今。
道路やインフラは一部で整備が進み、仮設住宅に暮らす人々も徐々に新たな生活へと向かおうとしています。
でも、報道で見聞きする「復興」の姿と、実際の生活のギャップは大きいと感じます。
地盤沈下や液状化の影響で戻れない地域、仮設の隣にまだ瓦礫が残る光景。
「進んでいる」と言い切れない現実が、まだそこにあります。
当事者になって、見えたこと
誰もが「命が助かってよかったね」と言ってくれます。
もちろん、それは奇跡のように尊いことでした。
でも、“その後”の生活は過酷で、誰かがそれを「語り続ける」ことでしか、伝わらないものもあると思いました。
ボランティアや物資、義援金だけが支援ではありません。
「関心を持ち続けること」
「忘れないこと」
それもまた、尊い支援の一つだと私は思っています。
次は、9月に。
このシリーズは今回で一区切りとなります。
でも、あの仮設入居後にあった豪雨被害については、また9月頃に記録として綴りたいと思っています。
それまでは日々の暮らしや食の情報を中心に発信していきますが、心の中ではずっと、この出来事とともに生きているということを、最後にお伝えしておきます。
▼これまでの記録はこちら
最後に
“とりあえず無事”のその先にある暮らしを、私たちはこれからも伝えていきたいと思っています。
この記録が、どこかの誰かの「気づき」や「支え」になりますように。
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